こども「シェイクスピア」を読んで、教養について考えた

図書館の新刊コーナーにあった、こども「シェイクスピア」を借りてきました。

https://hibistudy.com/2017/06/09/post-407/

以前こちらのポストで紹介した、こども「学問のすすめ」と同じシリーズです。

紹介されているのは、

  • ハムレット
  • ロミオとジュリエット
  • ヴェニスの商人
  • リア王
  • マクベス
  • オセロー
  • ジュリアス・シーザー
  • 夏の世の夢
  • お気に召すまま
  • 十二夜
  • リチャード三世

以上11作品。

有名なセリフの解説を通して、各作品の内容が掴めるようになっています。セリフの下には英文付き。

シェイクスピアの作品はみんなセリフの形になっているんですね。その中には有名なせりふがたくさんあって、海外ではそれを知っているかどうかが、その人の教養レベルを知るものさしにもなっています。(中略)色々な映画や小説の元ネタにもなっているので、「この作品は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を下敷きにしているんだよ」などど言える人になれると、楽しいですね。

誰かに「教養がある人」と思われることは重要ではないけれど、どんなことも知っていたほうが断然楽しいんですよね。わたしのように視野の狭い人間は、知らないということすら知らないままになっているのだなと、子どもを育てていてよく思います。

例えば、有名なミレーのオフィーリア。わたしはあの絵をびじゅチューンの「オフィーリア、まだまだ」で知ったんですね。そして今回この本を読んで、オフィーリアがハムレットの一場面を主題とした作品なのだと、やっと気付いたわけです。歌詞に出てくる「残酷 尼寺にでも行け」って、そういうことだったのか、と。

小中と成績はよく、進学校と呼ばれる高校に入り、大学も出て。決して勉強をしてこなかった人生ではないのですが、歴史も文学も芸術も、子どもに教えたいと思ってはじめて気付くことばかりです。

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